やるせない思い

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愛知の通り魔幼児殺人事件。
話を聞いて愕然とした。

まずは被害にあわれた翔馬ちゃんのご冥福をお祈りいたします。

何よりも残酷だと思うのは「頭」に包丁をさしたというところだ。
(冷静に分析しようとすれば、
その亡くなった翔馬ちゃんは買い物カートに乗っていたということで、
一番さしやすい(表現が悪くて申し訳ない)ところではあるが。)

更に表現は悪いかもしれないが、
こんな事件はレベルの低いギャグマンガに出てきそうなシチュエーション。
それくらい「ありえない」状況。

ここでこんなやつ死刑にしろというぐらいの怒りがあるとか、
悲しい気持ちで呆然とするとか、
そういう気持ちはもちろんボクにもないではないが、
ここではちょっと違う視点で見てみたい。
それは犯人が刑務所から出たばかりだったという点である。





法に携わる友人が言っていたことでもあるのだが、
刑務所の改革をする必要があると思う。

刑務所にはテレビがついていたりするところがあったり、
十分かどうかはわからないが食事が出たり、
とりあえずある意味で十分な生活が出来るらしい。
犯罪というものは他人の権利や財産などの侵害をすることが多いと思う。
犯罪の程度にもよるのかもしれないが、
罪は罪なわけで、
他の人の財産や権利、ひどいときは命などを奪ったりした以上は、
普通の人間として認められなくても至極自然だと思うわけだ。

確かに刑務所を出た後に、
前科者が受ける待遇というものは悪いかもしれないが、
それ以前に刑務所にいる時点でもしかるべき待遇がされてもおかしくないではないかと思うのだ。

昔読んだ本(小説)の中のシチュエーションなので実際にあるかどうかわからないが、
身寄りのない生活の苦しい老人などが、
食べることに困り、刑務所に入れば食べられると思い、
軽犯罪を犯すということを読んだ記憶がある。
つまり、刑務所は見方によればそれほどしんどいところではないわけだ。

刑務所に入って本当に反省をしていれば、
所持金が云々などということを言わず、
がむしゃらに働くなどはできるだろう。
その人の素性関係なく人手がほしいところという働き口はどこかにあるはずだ。

どんな人にも死をもって罪を償えなどという気はない。
しかし、刑務所では二度と犯罪を犯したくないというぐらい痛い目にあわせなければ、
刑務所に入ること、つまり犯罪を犯すことに対する気持ちは重くならないだろう。

よく言われることだが、
犯罪者の権利というものがよく取り上げられるが、
被害者の権利とどちらが重く扱われるべきかというところは
再考すべきところではないだろうか?
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by Keisuke_Ishino | 2005-02-06 00:34 | ニュース
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