青春の影

今日、高校野球神奈川大会で甲子園の切符が決まった。
残念ながら慶應高校は逆転負けで切符を桐光学園に譲ることとなった。

しかし、慶應に限らず、今年の神奈川大会は
準決勝で敗れた日大(日吉)、東海大相模、
準々決勝以下でも平塚学園や横浜をはじめとして1点を争う好ゲームが繰り広げられた。

すべてを見ていたわけでもなんでもないのだが、
昨日の桐光ー日大、慶應ー東海の試合などは非常に見ていてつらかった。
tvkの解説の人も
「今日(準決勝)は決勝を二試合見たような日だ」というようなことをいっていたらしいが、
まさにそんな試合だった。



僕自身野球はそれほど好きでもなかったし、
高校も野球部がない高校だったので、
そこまでの思い入れとかがあったわけでもなかった。

が、母校ではないものの慶應がこの春の選抜に出て、
甲子園で一試合(奇しくもボクが見に行ったときに敗退した・・・)見に行ったとき、
言葉では表しにくいが今まで感じたことのないような「波」を感じた。

そしてこの神奈川大会。
試合の結果はどうであれ、
ベスト16前後からの好ゲームを見たりして高校球児から感動をもらった。

月並みな表現かもしれないが、
これだけ感動するのは彼らが「青春」しているからだと思った。
彼らはただがむしゃらに目の前の白球を追っていた。
脚がもう悲鳴を上げてるんだろう、一球ごとに屈伸しながら投げ込んでいた先発投手がいた。
その前の回の守備で脚がつっても内野安打をヘッドスライディングをしていた野手がいた。
もう流れを完全に失ってしまっていてもなんとかしよう、
なんとかしようと変わった投手が全力で投げ込んでいた。

かすかの希望であっても全力で向かっていた。

ふと思った。その気持ち、なくしてしまってたんじゃないかって。
「どうせダメだろう」とか、「この程度でなんとかなるだろう」とか、
「このペースでやっていけばOK」などと、
力の出し惜しみをしている気がする。
確かに予定を立てそれをこなしたり、力の配分をするなどは
世の中を渡っていくのに不可欠なスキルだと思う。
が、そういった計算とかの力のリミッターをはずして頑張れることって大切じゃないかって。

この感動をどう生かすか。
彼らの汗や涙はボクたちも学べる材料だと思う。
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by Keisuke_Ishino | 2005-07-28 18:06 | 日常生活
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